今天整晚我都在聽FANATIC CRISIS的歌 雖然解散還是會聽 是好歌
但我一直很疑惑 為何石月努解散後不單飛出來 卻是跑去賣珠寶?!
幾乎FC團的歌 詞曲都是他一手包辦 是有點太誇張 那其他人在幹嘛嘎
剛剛我發現 他似乎不是不想唱 而且耳朵後來有點小問題...
這樣對主唱來說 肯定很痛心吧...

記得第一次看到[SHOXX]這本雜誌
是在我國中的時候
然後封面是FANATIC CRISIS
是我同學的愛團
結果我也喜歡上了說
雖然一開始我覺得
石月努的聲音 其實沒有很特別 真的
但是 久了我覺得
很平凡中卻有種吸引力的感覺?!
因為就是感覺吧
會喜歡就是會喜歡嘎 不需要什麼理由

最喜歡的依舊是 火之鳥
今晚突然很喜歡
beauties~beauty eyes~
讓我真的認識他們又是在POP JAM了
唱7[SEVEN]這首新單曲
但說真的 真的很個人樂團的感覺
這種團感覺就是不會長久
石月努個人太強了
其他人還想不起來是誰咧

原來石月努
還有提供樂曲給其他人
還有提攜一些新樂團
還是蠻開心的
如果他沒辦法唱歌了
真的很難過
但FANACIC CRISIS的歌
真的是不錯的
解散的樂團不會消失
會留在歌迷的心中

石月 努(いしづき つとむ、本名:石附 努、1977年1月8日 - )は、愛知県一宮市出身の元ミュージシャン。日本の音楽グループ「FANATIC◇CRISIS」(2005年5月14日解散)のボーカル兼リーダー。現在はジュエリーデザイナー、グラフィックアーティストとして活動。


[編集] 来歴
父は獣医師。4歳年下の弟あり。裕福な家庭で育つ。 幼い頃から13歳までバイオリンを習っていた。

黒板が全く見えないほど視力が悪いのに眼鏡をかけず、小学校入学当時から授業には全くついていけなかったが、子供の頃から絵を描くのが大好きで、毎年賞を獲っていた。

最初に組んだバンドはギターが3人もおり、ボーカルは居なかった。 彼の担当もギターだったが、本人いわく「他の者よりは嫌がらなかった」為にその後ボーカル担当になる。

最終学歴は愛知県立起工業高等学校中退。先輩には漫画家の鳥山明。 自身のラジオ番組で、鳥山明氏に触れた事もある。

高校は1年生で辞め、15歳でFANATIC◇CRISIS結成。 バンドの楽曲の作詞、作曲、ジャケットデザインのほとんどを担当していた。

初期のFtCの曲作りの主導権は彼が握っていた。 Shun・和也・Ryujiの持ち込んだメロディを元に曲を作る事もあったが、どんな曲でも歌メロをつけるのは彼である。 初期の曲のクレジットにはこのような事情からか、MUSICとMELODYを分けて表記している物もある。

ワンマンバンドに思われがちだが、ドラムの徹がミキシングを始めてからは状況が変化した。 努の生み出す作品を具現化する役割として、徹の存在が大きくなっていく。

ステージから落下したり、喉を痛めて声が出にくくなったり、華奢な体もあいまって常にファンをやきもきさせたが、その割には一度も公演を休止しなかった。

楽曲提供はFANATIC◇CRISIS以外に、氷川きよし、ビリケンと組んだ音楽ユニットCROSS CLOVERの楽曲「evergreen(いのちの唄声)」(日本赤十字社イメージソングとして2004年放送)の作詞・作曲、歌手萩野崇のデビューシングル『Real Love/True Love』の作詞・作曲も担当している。

2007年5月14日、公式ブログを開設し、デザイナーとしての活動再開を発表。その際、活動休止中にハント症候群を発症していたことを告白(現在は完治)。

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FANATIC◇CRISIS

別名 FtC
出身地 日本 愛知県
ジャンル ロック
ポップス
活動期間 1992年~2005年

石月努(いしづき つとむ)
本名:石附 努・ボーカル・1977年1月8日生まれ・愛知県一宮市出身
和也(かずや)
本名:西田 和也(にしだ かずや)・ギター・1974年12月15日生まれ・岐阜県岐阜市出身
Shun(しゅん)
本名:瀬木 義貴(せぎ よしき)・ギター(解散後SHUNに改名)・1974年4月21日生まれ・岐阜県郡上郡白鳥町(現在の郡上市)出身
RYUJI(りゅうじ)
本名:小坂 竜司(こさか りゅうじ)・ベース・1975年3月17日生まれ・岐阜県岐阜市出身
徹(とおる)
本名:長江 徹(ながえ とおる)・ドラムス・1971年11月17日生まれ・岐阜県多治見市出身

[編集] 概説
コテコテの黒服系ヴィジュアル系バンドとは一線を画し、ポップス色の強い明るい楽曲と派手でありながらもファッショナブルな服装で活動する。 インディーズ時代は主に中京圏で活動しており、黒夢、Laputa、ROUAGEらと共に名古屋系バンドの代表格でもある。インディーズ1stアルバムの頃はドラムが前任者(Tatsuya Hayashi)であり、ギターShunのクレジットもシンセギターだった。 メジャーデビューはフォーライフレコードから。事務所はSPEED HOUSE MUSIC COMPANY。SPEED HOUSE MUSIC COMPANYの所属アーティスト第一号になる。SPEED HOUSE MUSIC COMPANYは、ビーイング系アーティストのマネージメントを行ってきたケンプファーのスタッフが立ち上げた事務所であり、社長の神林義弘氏はのちに演歌系の大手芸能事務所、長良プロダクションの社長に就任した。 火の鳥で初のオリコンシングル週間チャートトップ10入りを果たし、ヒットを連発するが、シングル「7 [SEVEN]」リリース後、フォーライフを離れて自社レーベルSTOICSTONEを設立。その後もリリース間隔も短く精力的な活動を続ける。 2005年5月14日の東京ベイNKホールライブを最後に解散した。解散発表後の全国ツアーはファンクラブ会員限定。発表後の一般向けライブは、この日が最初で最後であった。ヴィジュアル系バンドの人気が下火になる中、確かな演奏力と安定したリリースを重ねた結果、解散時も固定ファンは多かった。


[編集] 音楽性
活動初期、特にインディーズの頃は他のヴィジュアル系バンドと同じく、暗くハードな印象の曲が多かった。しかし、メジャーデビュー後、急速にポップス路線を推し進めるようになる。2ndシングル「SLEEPER」では、アレンジこそハードな印象であるものの、歌謡曲的な印象の強いメロディは、その後の路線を決定付けるものであった。つづく「ONE -You are the one-」はさらにポップス路線を拡大させ、この路線を踏襲したメジャーデビューアルバムを制作した。1stアルバムのリリース後のシングル「火の鳥」はオリエンタルなアレンジを加え、彼らの出世作になった。その後もポップス色の強いシングルのリリースを重ね、2ndアルバム『THE.LOST.INNOCENT』でこの路線は頂点を極める。

しかしこののち、サウンドは少々ギターロック寄りになり、3rdアルバム『EAS』ではこの路線が顕著である。このアルバム全体がくるりの当時のサウンドに似ており、特に収録曲「Behind」のイントロのギターリフから歌の入りにかけてくるりの「青い空」に酷似しているとの指摘がある。

ただ、この路線は長く続くことはなく、アルバムリリース後のシングル「LIFE」ではポップなメロディに回帰した。このシングルにおいては当時のヴィジュアル系バンドとしてはきわめて異例なことに、アコースティック・ギターを前面に押し出し、こののちもシングルにおいてはポップなメロディとアレンジを前面に押し出した楽曲のリリースを重ねる。当初はサウンドプロデュースにおいては石月がひとりで取り仕切っていたが、このころには他のメンバーも大きく関与するようになり、それによってアレンジの幅も広がり、石月の作るキャッチーなメロディを多彩に魅せることに成功する。

石月のボーカルは鼻に抜けるような独特な発声であり、ヴィジュアル系に特徴的なシャウトや耽美的な発声とはかけ離れたものであり、歌メロディの音高は他のロックバンドに比較すると少々低い。また、フレーズの最後では非常に長く伸ばす音がしばしば用いられ、そのような音では特徴的なビブラートが多用されている。

詞の主題は、ラブソングや人の出逢いと別れがよく用いられる。このような点も、耽美や退廃、または宗教的なモチーフを用いる典型的なヴィジュアル系とは趣を異にする。

[編集] アルバム
インディーズ

太陽の虜(1995年4月28日)1stプレス/2ndプレス
MASK(1996年1月7日)1st~3rdプレス
MARBLE(1996年11月25日)
メジャー

ONE -one for all-(1998年3月4日)
THE.LOST.INNOCENT(1999日2月24日)
EAS(2000年9月13日)
POP(2001年6月27日)
beautiful world(2001年12月6日)
5(2002年7月10日)
neverland(2003年7月2日)
marvelous+(2004年7月28日)
THE BEST of FANATIC◇CRISIS Single Collection01(2005年3月30日)
THE BEST of FANATIC◇CRISIS Single Collection02(2005年3月30日)
THE BEST of FANATIC◇CRISIS B-Side Collection(2006年8月9日)

[編集] シングル
インディーズ

Truth(ビデオシングル)
Memories in White(1995年11月25日)
月の花(1996年7月5日)2枚同時リリース
Rain(1996年7月5日)2枚同時リリース
メジャー

SUPER SOUL(1997年8月6日)(テレビ朝日系ギャルボーイ!OP)
SLEEPER(1997年10月29日)(テレビ朝日系サンデージャングルED)
ONE -You are the one-(1998年1月28日)(フジテレビ系奇跡体験!アンビリバボーED)
Rainy merry-go-round(1998年5月13日)(日本テレビ系進ぬ!電波少年ED)
火の鳥(1998年7月1日)(日本テレビ系ぐるぐるナインティナインED)
Maybe true(1998年9月23日)(TBS系LET'S ぬぷぬぷっOP)
beauties -beauty eyes-/ジェラシー(1999年1月1日)(日本テレビ系恋のチューンネップED/テレビ東京NIJUED)
7[SEVEN](1999年4月14日)(テレビ朝日系まぶごえED)
SIDE EVE(1999年11月)通販限定
SIDE ADAM(1999年12月)通販限定
心に花を 心に棘を(2000年5月17日)
Behind(2000年8月9日)2枚同時リリース
DEFECT LOVER COMPLEX(2000年8月9日)2枚同時リリース
LIFE(2000年10月25日)
hal[ハル](2001年2月16日)
JET hyp!(2001年4月11日)
ゆらぎ(2001年5月30日)
ダウンコード(2001年10月3日)
スプートニク -旅人たち-(2002年2月6日)
LOVE MONSTER(2002年4月11日)
ドラキラ(2002年6月12日)
BLUE ROSE(2002年11月7日)
夢じゃない世界。(2003年1月16日)
moonlight(2003年4月16日)
月の魔法(2003年11月6日)
鴉 (2004年1月9日)
everlove/追憶をこえるスピードで/evergreen-いのちの唄声-(2004年5月12日)
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